明治期「南京そば」原型に関する中国文献調査

明治時代に函館へ伝わった「南京そば」(ラーメンの原型)に関連する中国側の記録を調べたところ、清朝末期(19世紀後半〜20世紀初頭)の中国文献に麺料理や湯麺の記述がいくつも見つかりました。diamond.jpzh.wikipedia.org 以下、当時の代表的な中国文献を年代順に紹介します。それぞれの資料名・著者・出版年と、該当レシピ原文(中国語)およびその日本語訳をセットで示します。
※注: いずれも漢文(中文)表記のため、日本語訳は現代日本語による意訳です。また、出典となる原典や研究書への言及を【〔出典番号〕†〔行番号〕】の形で付記しています。
1. 『素食说略』薛宝辰(清朝宣統年間・1910年前後)
- 書籍概要: 清末の学者・官僚であった薛宝辰(1850–1926年)が著した菜食料理書です。宣統年間(1909–1911年)に執筆され、清末当時に陝西・京師(北京)一帯で流行していた177品目の素食料理の作り方が記録されていますsanmin.com.twamazon.com。その中に、現在の「拉麺(ラーメン)」に通じる**「搷条面(扯面)」**という麺料理の製法が登場します。
- 原文抜粋(中国語): 在陝西、山西一帶流行的一種「楨麵條」做法,以山西陽泉平定、陝西朝邑、同州為最。其薄如韭菜,細似掛麵,可以成三稜子,也可成中空之形,耐煮不斷,柔而能韌hk.trip.com。
- 日本語訳: 「陝西・山西一帯で流行している**『楨麵條(チェン麺條)』という麺の作り方は、山西省陽泉平定県や陝西省朝邑県・同州で作られるものが特によいとされています。その麺はニラの葉のように薄く**、干し麺(掛麺)のように細く引き延ばされており、引き伸ばす際に三つ編み状にも中空の管状にもできます。長時間茹でても切れず、柔らかでありながら非常にコシがあります。」hk.trip.com (※薛宝辰自身はこの「楨麵條」を*「搷条面」と呼んでおり、塩と鹼(水の成分)を加えて練った生地を引き伸ばして細麺状に成形する技法を詳細に記しています。この鹼水を用いた麺**こそ、現在日本で言う「ラーメン」の麺に通じるものですzh.wikipedia.org。)*
清末に南京で売られていた陽春麺(光麺)は、豚骨清湯に醤油や猪油で味付けしたシンプルな素麺でした(老南京では一杯10文=陽春という隠語)dfz.nanjing.gov.cn。こうした中国の湯麺文化が、日本の「南京そば」(ラーメン)誕生の下地となりました。
2. 『調鼎集』童岳薦(清代揚州地方の料理書・19世紀)
- 書籍概要: 『調鼎集』は清代中期〜後期(19世紀)に江南地方で編纂されたとされる大部の料理秘伝書ですamazon.com。原本は手書きで伝わり、揚州料理を中心に満漢全席を含む数千種もの料理法を収録していますamazon.com。第九巻「点心部」には各種の麺料理が網羅されており、清末までに中国各地で考案・発達した麺のバリエーションが一覧できます。
- 原文抜粋(中国語): 『調鼎集』点心部に列挙された麺料理の例(抄録)scribd.comscribd.com: 煮切面、冷澆面、過水面、雞粉面、素面、水滑扯面、緑豆面、面珠湯、猴耳朶、寛面条、煨肉面、索粉面、温面、裙帶面、卤子面、炒面湯、… 野鴨面、… 鳝魚面、… 糊魚面 等
- 日本語訳: 上記の中国語は当時の麺料理名の列挙です。それぞれに以下のような意味があります(一部抜粋):
- 煮切面 – 手延べではなく包丁で切った麺(茹で麺)
- 冷澆面 – 冷やし汁かけ麺
- 過水面 – 茹でた後に水で洗い締めた麺(水でしめ麺)
- 雞粉面 – おそらく鶏スープ麺(雞の旨味をきかせた麺料理)
- 素面 – 素朴な麺料理(具のない清汤麺)
- 水滑扯面 – 生地を水で滑らかにしながら引き延ばす拉麺(扯面)
- 裙帶面 – 「裙帯」のように幅広い平打ち麺(ベルト麺)
- 卤子面 – 餡かけ麺(卤はとろみ醤油餡、打卤麺の原型)
- 鳝魚面 – タウナギ(田ウナギ)入り汁麺(南京・揚州の名物)
- 糊魚面 – 魚の身をすり潰した「あん」が入ったとろみ魚麺
3. 清末期の廣東湯麺(雲吞麺)に関する記述
- 資料概要: 清朝末期、長江下流の南京町だけでなく華南・廣東地方にも、後のラーメンにつながる湯麺文化が発達していました。特に**廣東省広州の「竹昇麺」や「雲吞麺」**は、その代表例です。これらは清末に華南へ移住した人々によって広まり、のちに横浜や神戸など日本の南京街(中華街)でも提供されるようになりましたzh.wikipedia.org。
- 原文抜粋(中国語): (Michelinガイドによる広州雲吞麺の起源解説より) 但廣東出現雲吞麵,卻是在清朝同治年間(※1860年代)、由湖南人在廣州開店「三楚麵館」…,專賣麵食,雲吞麵亦在其中guide.michelin.com。
- 日本語訳: 「しかし廣東で雲吞麺(ワンタン麺)が登場したのは清朝同治年間のことである。ある湖南省出身者が広州に**『三楚麺館』という麺食専門の店を開き、そのメニューの一つに雲吞麺**が加えられたのが始まりだった。」guide.michelin.com (※当時の雲吞麺は、素朴な塩味スープに豚肉を餡にした雲吞(ワンタン)を十数個入れ、主に腹を満たすための料理でしたguide.michelin.com。その後、広州では麺生地に鴨卵や鹼水を加えてコシを出す竹昇麺が工夫され、海老入りの洗練されたワンタンと共に提供されるようになります。この広東風湯麺もまた、日本のラーメン(中華そば)に影響を与えた一系統と言えますguide.michelin.com。)
参考文献・出典
- Xue Baochen 著『素食说略』(清・1910年前後)。中国商業出版社版1984年。sanmin.com.twhk.trip.com
- 童岳薦 編『調鼎集』(清・19世紀、揚州料理書) 第九巻「点心部」所収の麺料理一覧scribd.comscribd.com
- Michelin Guide「追本溯源:雲吞麵」(2019年) – 清同治年間の広州ワンタン麺起源に関する記述guide.michelin.com
- 江蘇省南京市地方志編纂委員会「金陵小吃之面条」(『志说南京』2024年) – 南京の陽春麺の成立に関する解説dfz.nanjing.gov.cn
- 徐珂 編『清稗類鈔』(清末〜民国初期・1916年刊) 飲食類 – 清代麺食の俗習に関する記述ourjiangsu.com
- 日本拉麺に関する中国語Wikipediaページ(日本拉麺條目)- 清末の拉麺(搷条面)や日本における南京麺の史実に関する整理zh.wikipedia.orgzh.wikipedia.org